医療機関

心身の不調や困り事が出てきたときに、どこに出向くのが一番よいのか、迷われる方も多いことかと思います。
そのような場合のご参考まで、まとめてみました。

まず、身体の不調がはっきりとある場合は、医療機関で内科的な疾患がないかどうかを診てもらうことを第一に考えても良いかもしれません。
その上で、「これといった疾患はないけれど、やはり不調が続く」「お医者さんにストレスを指摘された」という場合は、改めて精神科・心療内科か心理相談機関かを検討してみてはいかがでしょうか。

病院?それともカウンセリング?

精神科・心療内科と、心理相談機関との最も大きな違いは、薬による処方がなされるかどうか、です。ですので、たとえば「仕事になんとか行けるように、まず不眠をどうにかしたい」ですとか、「不安がつのってしまってつらいので、薬での治療を試してみたい」という方は、まず医療機関を受診して、医師に相談してみることをお勧めします。
中には、精神科の薬を飲むことには気持ちの面で抵抗がある、という方もいらっしゃるかと思いますが、そのような方も一度医師に相談して、心身がどのような状態にあるのか、聞いてみてもよいかもしれません。

医療と心理の活用法

カウセリング

「薬で少しラクになったけれど、根本的な解決・治療にはなっていないような気がする」
「薬で治療するというものではないと医師に言われた(対人関係でお悩みの方・不登校のお子さんもよく言われることです)」
という場合は、カウセリングを受けられることをお勧めしたいと思います。
服薬治療を続けながら、カウンセリングを受けることは、多くの場合問題ないですが、念のため主治医の先生に確認を取っておくと安心ですね。

こころの健康のために

精神科医療も、カウンセリングも、一昔前までは特殊な分野と思われがちでしたが、最近では‘必要に応じて活用する’ということがだいぶ一般的になってきたように感じます。
精神的な不調を「気合で乗り越えるぞ!」とできればそれに越したことはないのですが、そうもいかない時もあります。
それでも良いのです😀
自分を責めすぎず、いたわってあげましょう。

「愛」という名のやさしい暴力

9月17日に、『「愛」という名のやさしい暴力』(扶桑社)が出版されました。『すべての罪悪感は無用です』に続く、精神科医・斎藤学先生の名言集&その解説の第二弾です。

『罪悪感は無用です』同様、機能不全家族で育った人たちの「生きづらさ」に焦点を当てていることは同じですが、強いて言うなら、同書はそのなかでも共依存を中心とする「家族の『「愛」という名のやさしい暴力』問題」、「女らしさ」や「男らしさ」などの「らしさの病」に関する名言が多い、と言えるかもしれません。

虐待とは「子どもの濫用」

同書の構成に携わりながら、改めて「虐待とはなんぞや」と考えました。斎藤先生によれば、それは「子どもの濫用」ということにあたります。

殴ったり、蹴ったり、世話をしなかったり、性的に搾取するというような、ある意味“積極的”な行為だけではなく、破綻した夫婦仲の“かすがい”にしようとしたり、親の虚栄心を満たす存在に育てあげようとしたり、親の期待を過剰に押しつけることも、「子どもの濫用」であり、虐待である、ということです。

共依存と共依存症

また、共依存と共依存症についても考えさせられました。
ご相談のなかで「私は○○がいなくなったら生きて行けそうもありません。これは共依存ということなのでしょうか」と、問われることがよくあります。

「この存在がいなくなったら、とても生きていかれない」と思うことはとても健康です。こうした対象・存在があるからこそ、私たちは心の安定を保つことができます。そのような対象を児童精神科医のボウルビィは「愛着対象」と呼び、健康的な依存であると考えました。

しかし、その対象が、自分を支配したり、搾取したりしているにもかかわらず、「離れられない」となっているなら、それは依存“症”ということになるでしょう。

温故知新

たとえばアルコールで考えると分かりやすいでしょう。適度に楽しみ、体に害も無く、酔ったことで人間関係や仕事に支障が出なければ、アルコールは嗜好品です。
しかし飲んではいけない場面でもその衝動を止められず、酔ったことで周囲の人との関係にひびが入ったり、仕事で問題が生じるようになっているとしたら、アルコール依存症と呼ばれることになるでしょう。

同書の出版は、こんな「よくわかっているつもり」であったことを再認識するよい機会となりました。

もっと言えば、比較的、最近の話題である面会交流やコロナ対策にも通じる部分もありました。これぞ温故知新! ですが、詳細は読んでいただいてのお楽しみ、にとっておきましょう。
ぜひぜひお手にとって見てみてください。そしてみなさんの温故知新を探してみてください。

9月も終盤に近づき、コロナに翻弄されっぱなしの令和2年度が折り返し地点まできました。まだコロナ禍の先行きは不透明ですが、次の春を見据えての進級・進学についての準備が本格化する時期にもなってきましたね。

日頃、お子さんについての相談をお聞きする中で、発達の問題や特別支援教育に関するお悩みもしばしばお受けすることがあります。

‘特別支援’とは?

発達障害という概念が世間に広く浸透してきている今、早い段階でその診断(あるいは「傾向あり」という診断の手前の段階も含め)を受けるお子さんは年々増加してきています。
受け入れる教育機関側の体制としても特別支援学級の数を増やしたり、就学相談~就学支援体制の拡充を図ったり等の対応がなされてきているようですが、やはり保護者の方が悩ましい選択を迫られる状況には変わりがありません。

また、行政で用いられる用語がピンと来ず、戸惑われるというお話もよくお聞きします。
たとえば「通級」と「固定級」の違い、「知的」と「情緒」という区分は何を意味しているのか、そして発達検査の結果や就学先の判定をどう受け止めればよいのか、等々。

確かにそのようなテーマで立ち止まることがなければ、改めて知る機会がない言葉ばかり。
その点についてしっかりと保護者の方が質問し確認できるような場があるとよいのですが、なかなか限られた時間での就学相談や教育委員会とのやりとりでは、そこまで至らないこともあるようです。

まずは情報を集めることから

解決策としては、(多くが有料ではありますが、)療育系のスクールなどサポート機関はどんどん増えていますので、そのような場で提供される情報や相談の場を活用することも良いでしょうし、発達の診断・支援をおこなっている医療機関でアドバイスをもらうことも有効かと思います。

そして、最も大切なのが、そのような各機関から寄せられる情報・助言を保護者の方がどう受け止め、家族・親族内で意見をまとめていくか、という段階です。
ご相談の中には、たとえば親御さんだけでなく、お祖父様・お祖母様などご親族の方のご意向があって…など、それぞれのご家庭での決断の難しさがあることかとお察しします。

後悔のない決断をするために

発達障害についての情報は飛躍的に増えていますし、サポート資源もたくさんありますが、お子さんの特性は一人一人異なります。
だからこそ、しっかり向き合い、どのような教育環境がもっとも適切と思われるか、節目ごとに熟考し、後悔のない決断をすることが重要です。

CAFICでは、お子様の発達に関する講座と、通常のカウンセリングの中でも発達に関するご相談を承っております。
‘困ったときの伴走者’としてCAFICの相談員がおりますので、お気軽にお問い合わせいただければと思います。

10月から「配偶者などからの暴力・DV(モラハラ含む)相談」と「ペットロス・看取り相談」が始まります。月曜・水曜限定です。詳細はこちらよりご確認ください。

当初、ペットロス・看取り相談はグループを中心にしようと考えていましたが、新型コロナウィルスがなかなかおさまらないため、当面は、オンラインによるマンツーマンの専門相談(対面をご希望場合はお申し出ください)とさせていただくことにしました。

暴力・DV相談

相談ください

配偶者などからの暴力・DV(モラハラ含む)相談については、

「自分が暮らしている自治体の女性センターや警察が行っているDV相談に、家庭の事情を話すのはためらいがある」
「役所や警察に相談に行くとシェルターに入らないといけないと聞いた」
「DV避難した場合、どんなプロセスをたどるのかわからないと踏み切れない」

・・・そんな話を行政のDV相談でよく耳にしました。

確かに、これからどんな生活が待っているかもわからないのに、「避難しよう」とはなかなか思えません。地元の相談窓口だと、地域の目が気になるというご意見ももっともだと思います。

増える面前DV通告

また、昨今、子どもの前で行われるDV(面前DV)が心理的虐待にカウントされるようになりました。それにしたがい、面前DVによる虐待通告が増え、子どもが児童相談所に一時保護されるケースも多くなりました。

DVと夫婦げんかの線引きが曖昧である、たとえDVのケースであっても一時保護されて親と会えなくなってしまうほうが本当にいいのかなど、さまざまな疑問があります。

そうした中、「DVだと児童相談所に子どもを連れて行かれてしまうと聞いたから、DV相談に行きたくない」という、DV被害者の方の声も聞きました。

「子どもを取られるくらいなら、このままの生活でいい」と考えてしまうのは当然ではないでしょうか。

ひとり一人のニーズに合ったサポートを

一口に「DV避難」と言っても、望むことや大切にしたいこと、生活状況、家族への思いなどはそれぞれ違います。

ひとり一人違う、疑問や不安に少しだけでもお応えし、その方のニーズに極力、沿いながら、安全を守り、その人らしい生活を手に入れることができるよう、お手伝いさせていただきたいと思っています。

カウンセリング」のページに心理療法とカウンセリングについての説明を追加しました。

これから心理相談を受けるかどうかご検討中の方は、こちらと「初めての方へ」「よくある質問」のページを併せてご覧いただくと、だいぶイメージがしやすくなるのではないかな、と思っています。
ご不明な点などございましたら、「お問い合わせ」フォーム、またはメール等でお気軽にお問い合わせください。

改めてカウンセリングを考える

ひと昔に前と比べると、心理相談・カウンセリングに対する敷居はだいぶ低くなってきているように感じますが、それでもやはり非日常と言いますか、特別・特殊な場所、という感覚はあるかもしれません。
悩みを打ち明けることで、それが解決につながっていくのかどうか、カウンセリングが実際にどう自分に変化をもたらすのか、といった部分は多くの方が疑問や不安を感じられる点かと思います。

「カウンセリングの効果は1回でわかりますか?」

という質問をお受けすることがあります。これはとても難しい質問です。というのは、どう感じるかはその方により個人差が大きいためです。
ですが、「これはちょっとどうかな??」というモヤモヤ感がある場合などは、そのカウンセリングは無理に続ける必要はないでしょう。

「効果って言われるとまだよくわからないけれど、話を聞いてもらってなんかスッキリしたな」とか「今まで気づかなかった部分に気づけた」というような感想があるとすれば、そのカウンセリングはこれから展開を見せていく可能性が高いと言えます。そのような感覚をまずは確かめることから、お勧めしたいと思います。

臨床心理学、それは「人が生きる知恵」

私自身も、今から20年ほど前、駆け出しのカウンセラーであった頃、先輩のベテランカウンセラーに教育分析(カウンセラーが受けるカウンセリングのことをこう呼びます)を受けていましたが、自分ではまったく考えたことがないテーマ(自分自身の心理的な課題)に気づいたり、芸術療法を受ける側になって「心理療法で癒されるってこういうことか」と実感したりしたことは今でもはっきりと覚えています。

さまざまなお悩みにお応えするため、臨床心理学自体もどんどん進歩をしてきていますし、それをベースとして実際のケアを行なう私たち臨床心理士も自己研鑽を積み重ねてきています。

「心理学とは、人間がよりよく生きていくための知恵である」

というフレーズを本で目にしました(何の本であったか失念してしまったのが残念です!)。自分自身も一人の人間としてその知恵に助けられてきていますし、またこれからご縁があって人生の‘伴走’をさせていただく方とも、その知恵をシェアしていくことができればと考えています。

「立命館大生の1割『退学視野』」(2020年8月20日付『東京新聞』

 そんな衝撃的な記事を読みました。立命館大学(京都市)の学生新聞のアンケート調査によると、学部生の2.3%が退学を本格的に考えており、「どうするか考えている」は7.5%。合わせて9.8%の学生が退学を視野に入れているとのこと!

 また、「休学を視野に入れている」と答えた学生は25.6%で、なんと4分の1に当たります。
 
 同記事によると、低学年や学費が高い学部の学生は、退学や休学を検討する割合が高い傾向にあり、退学や休学を検討する学生は、ウェブではなく対面授業を希望する人が多かったそうです。

 調査を担当した学生は「今の学生がどういう思いなのか、目に見える形で明らかにしたかった。退学や休学を考える学生が多く、驚いた」(同記事)とコメントしています。

私の実感

 結果に衝撃は受けたものの、私の実感としては「さもありなん」という感じです。

 実は先日、知り合いの大学生から次のような話を聞いていたのです。

「学んでいるというより、課題をこなしているという感じ。友達には会えないし、課題が多すぎてつらい」

「課題で手がいっぱい。夢だった留学もできないし、研修も受けられない。友達にも会えないし、ずっと家にいるから気分も沈みがち」

 また、大学で教鞭を執っている何人かからは、こんな話も聞きました。

「コロナが無かったら退学なんて考えなかっただろう学生が、退学すると言い出した。とくに可哀想なのは1年生。ただの1度も大学に来て授業を受けたことがない学生がほとんど。自宅でたったひとり、ひたすら課題をこなすオンデマンド授業やライブ配信授業を受けていたら、それは行き詰まりも感じる」

「地方から来ている学生の中には、オンライン授業なら実家で受けても変わらないと思い、親に相談したら『周囲の目があるから帰ってくるなと言われた』という学生も。周囲に知りあいも無く、コロナで家にこもっているから友達もできない。そんな状態で頑張って学べというほうが無理」

子どもの心身の発達は?

「いつでも、どこでも、同じ質の授業が受けられる」と、オンライン授業のいいところだけがもてはやされ、教育界の救世主のように扱われています。

国は、2000億円以上の補正予算を計上し、2023年度の実現を目指してきた1人1台の学習用端末とネット環境の整備を図る「GIGAスクール構想」を前倒しすると言っています。(コロナで文科省,GIGAスクール構想前倒し,「7月末までに1人1台の実現を」
遠隔授業も推進しており、遠隔授業に積極的な大学には補助金まで出すそうです(大学等における遠隔授業の環境構築の加速による学修機会の確保)。

もちろん、教育にインターネット環境があることは重要ですし、オンライン授業すべてを否定はしません。利点もたくさんあることは、私も知っています。しかしそれは、あくまでも補完的なものであり、教育の中心に置かれるものではありません。

本来、教育とは、たんに知識を吸収することだけを指すのではありません。仲間の意見に耳を傾けたり、教員の価値観に触れたり、違う意見の人と議論したり、得手不得手があるなかで助け合い、学び合ったりしながら、人格形成まで行うからこそ、「教育」です。

授業だけではない、友人との関わりや他愛も無いやりとりの中で、信頼関係を育てたり、共感能力を育んだりしながら、一生の友をつくっていくことも、人生を豊かに、幸せに生きていくために無くてはならない経験です。

このような体験ができないまま成長することが当たり前になってしまったら。大学ならまだしも、小中学校までそのような状況になってしまったら。

子どもの心身の発達は、果たしてきちんと保障されるのか。心配はつきません。

家で遊ぶ子ども

カウンセラーの仕事を通して、日々たくさんの子どもたちと接する機会があります。

今年はコロナの影響で3〜5月まで3ヶ月間学校はお休み、そして夏真っ盛りの今も例年あるようなイベントはほぼなくなってしまい、学校か家か(地域によりますが、まだ夏休みに入っていない学校も多くあります)という生活を送っている子が多いようです。

ゲームがおうち生活を救う?

さぞかし退屈だろうなと思い「おうちでは何してる?」「休校の間はどうしてた?」と聞くと、9割以上の確率で答えは「ゲームしてた」。
そして、いくらなんでも何ヶ月もずっとしていたら飽きるのでは?とゲーマーではない私は勝手に想像してさらに質問するのですが、どうやら大半の子どもは飽きることなくゲームを楽しんでいるようです。

また、今の時代、ゲームはゲーム機だけで完結するものではなく、インターネットを通じて友だちと一緒にゲーム内の‘戦い’に出たり、仮想空間で訪問し合っておしゃべりしたり、と現実の友人関係と深くリンクしています。

そして、この傾向自体はさほど真新しいことではないですが、コロナ禍の影響もあってか、ここ最近、低年齢化が進んでいることをはっきりと感じます。

友だち関係もオンライン化

5〜10年前には携帯・スマホを持ち始めるのが中学〜高校生、オンラインゲームをし始めるのもこの時期が多かったように記憶していますが、今は小学生の大半がスマホを持っていたり、タブレットが自宅にあったりして、4〜5年生にもなるとオンラインで友だちと交流することがスタンダードになっています。

このようなご時世ですし、もちろんメリットもあります。
友だちと「密」な状態になって遊ぶのは控えなければ、というストレスを感じずに、ゲームの中では自由に交流できるわけですし、実際に「ゲームを通じて今まで親しくなかったクラスの子と仲良くなった」という話を聞くこともあります。

子どもの発達と遊び

しかし、一方で、学童期は心理学では‘ギャングエイジ’とも呼ばれ、子どもグループを作って遊び、その中で社会性を身につけていく大切な時期と考えられています。

果たして「ゲームが一番の楽しみで、ゲームがないと友だちどう遊んでいいかわからない」というのが当たり前になってしまって良いのだろうか?という不安も沸き起こります。

今はある意味‘非常事態’ですので、止むを得ずという部分も多くあります。が、どうかこれが定着しすぎず、また子どもたちが屋外で身体を動かして遊び、遊びのルールを巡ってちょっと揉めてみたり、でもそれを解決してまた仲良く遊んで‥という、一昔前の当たり前を取り戻してほしい、と願わずにはいられません。

両親の不仲

CAFICの「サポートできること」に「未成年の子どもがいる人のための離婚相談」が加わりました。

日本は、世界でもまれな単独親権(離婚した際には父母どちらか一方親権を持つ)の国です。
そのため、離婚をするとなると親権や養育費、別れて暮らす親(別居親)が子どもと会って関係性をつくる面会交流など、いくつもの困難に見舞われます。

これらをめぐって(元)夫と(元)妻が壮絶なバトルを繰り返すことも、少なくありません。

新たなアダルト・チルドレンの誕生

バトルは、当事者である(元)夫と(元)妻それぞれが傷つけ合うだけでなく、子どもにも深刻な影響をもたらします。

悲しい

子どもは両親の不穏な空気を読み、無意識のうちに「自分がどう振る舞うべきか」を考えます。

多くの場合、今、自分の面倒を見てくれている同居親が望むことを推測し、トラブルを避けようと自分の気持ちを後回しにしていきます。
「大好きな両親が争うのは自分のせいだ」と自責の念に駆られたり、「別居親に会って欲しくない」という同居親の本音を取り込んだり、不幸な親の慰め役となったりすることもあります。

こうしたことを繰り返すうちに、親の期待に添うような生き方に縛られ、自分自身の感情を感じられなくなっていきます。
やがて「だれかのために生きる」ことが生きがいになってしまい、「必要とされる必要」の病に陥ることにもなりかねません。
まさに新たなアダルト・チルドレンの誕生! です。

自尊感情の低いおとなに?

また、子どもは会えない同居親への思慕を打ち消すため、別居親の人格を必要以上にゆがめたり、別居親への恐怖心を自分自身で植え付けたりして、「会う価値のない親である」と自分を納得させようとすることもありします。
そうしては、心の片隅で愛する親を排除し、背を向けた自分を責めながら生きることにもなります。

自分の半身である片方の親を否定することは、自己を否定することに他なりません。そのため、自尊感情の低い、いつも満たされないおとなへと成長してしまう可能性が高くなります。

子どもの危機に親はなかなか気づけない

親が気づかない

子どもがこんな危機的な状況におかれていても、親たちはなかなか気づけません。親も、自分の生活を守ったり、調停や裁判を有利に進めたり、何より、「一生を共にしようと誓った相手に裏切られた」という傷つきで、いっぱいいっぱいになってしまうからです。

その傷付きを癒やすために、執拗に相手を責めたり、次々と裁判を起こして相手の非を明らかにすることに気を取られてしまいます。結局は、よけいに自分を傷つけることになるとは気づかないまま・・・。

知らず知らずのうちに、子どもに別れた配偶者に代わるパートナー役となることを望んでしまうこともあるでしょう。

負の連鎖に陥らないために

こうしただれも幸せにしない負の連鎖に陥らないためにも、争いを止め、お互いの傷付きを最小限に抑えつることが大切です。そして、だれよりも愛しいはずの子どもの成長・発達を保障したかたちで、別々の人生を歩み出す必要があります。

CAFICを利用することで、そのための知恵とサポートを得ていただけたらと思います。

もぐもぐタヌキ

今回は、「」について考えてみたいと思います。

人間の食べるという行動は、身体のコンディションや心理状態と大きく関連しています。
たとえば、自分で自分の心身をうまく操れていない時、食行動を管理することに執着してしまったり、異常とも思えるような極端な食行動がエスカレートしてしまったりしやすくなると言われています。

いわゆる摂食障害とまではいかなくとも、ご自身の食行動に不安を持っている方も多くいらっしゃるのではないでしょうか。

その対処法について、いくつか挙げてみたいと思います。

こころと「食」の関係性に注目する

まずは、ご自身の「食行動がセーブできないとき」がどんなときか、振り返ってみましょう。行動記録をつけてみたり、感情のアップダウンをグラフのように書き出してみるのもオススメです。人によっては「気持ちが沈んでいる時に食べ過ぎちゃうんだな」とか「夜遅くまで起きているときが危険だな」というパターンが見えてくるかもしれません。
それがわかってきたら、その危険なタイミングをどうやって避けられそうか、を考えてみましょう。「とりあえず早めに寝る」とか、「気持ちが沈んでいるとき用に、自分なりの気持ちの切り替え方法をリストアップしておく」というのも有効です。

食のコントロール=人生の舵取り?!

健康

ですが、中には「そんなことじゃ私の問題はどうにもならないよ」と思う方もいらっしゃるかと思います。
食行動コントロールの鍵となるのは「自己効力感」です。
自分が無力だ、ダメなやつだ、と思っていたり、あるいは自分よりも誰かの意向を優先しなければいけなくて、自分の本心や本来ある欲求を後回しにせざるを得ない状況だったりすると、自己効力感は下がってしまいます。

摂食障害になってしまう方は、単にダイエットに歯止めが効かなくなってしまった状態、というだけでなく、背後にこのような心理状態が潜んでいることが多くあります。

「自分の人生のハンドルは自分で握る。」これが罪悪感なく、自然にできるようになってくると摂食の問題は解決に向かっていきます。

食べること、生きること。

——これは行動や気持ちのアップダウンを記録することより、もう少し難しい課題かもしれません。一人ではまず何からすればいいのかわからない‥という方は、心理カウンセリングを利用されてみてはいかがでしょうか。
ご自身が生きてこられた環境を改めて振り返ったり、抑圧してきた感情に気づいたりすることが、食行動や気持ちの不安定さを軽減させることにつながります。

たかが食、されど食。
人が生きる基本であり、しかし改めて考えるとやはり深いテーマだな、と考えさせられます。

ゴムの木
相談室のゴムの木も、CAFICと一緒にぐんぐん伸びています!

7月からCAFICの講座が始まりました。

当初は、「グループ相談を基本に」と考えておりましたが、コロナ・ウィルスもなかなか落ち着きません。
ご利用される方々の安心確保のためにも、当面は「マンツーマンの専門相談」という位置づけにさせていただき、状況をみながらグループ相談も開催する方向で考えていきたいと思います。

詳細については「講座など」や「お知らせ」でお知らせいたしますので、そちらをごらんください。

「熟年期・認知症の方の家族相談」開催

7月は、「熟年期・認知症の方の家族相談」が開催されました。要介護2の家族との関係性に悩む方がご参加されました。

病気の影響で暴言や暴力などがあり、共に暮らすことに疲れてしまった。かといって今後、どうしていったら良いのやら・・・と、途方に暮れておられるようでした。

専門相談員は、
「介護や別居、それにまつわる費用や今後の生活費など、現実的な問題がいくつもあることに気づいていただき、それらを検討していただくための情報提供等や念のためしておいた方がよい検査等についてご案内した」
そうです。

現実検討と語りの場に

熟年期の悩みには、

「5年後、10年後、自分の体力も落ちていくなかで介護をしていけるのか」
「施設などに入ってもらうとしたらいくらくらいかかるのか」

など、先を見通してのマネープランがとても重要です。専門相談はこうした現実検討にとても役立ちます。

また一方で、「現実的な問題には手をつけられない(つけたくない)けれど、この苦しい気持ちをひとりで抱えるのはたいへん」という方もおられます。そうした方が第二の人生を自分らしく、豊かに生きるためにも、ぜひCAFICの講座をご利用ください。