相談室ブログ,心理療法カウンセリング

「対話型AI(ChatGPT)に相談している」という話をよく聞くようになりました。私自身も、日常のちょっとした疑問をAIに尋ねることはよくあります。
CAFICに新規で来られるクライエントさんには、「AIに勧められた」という方も少なくありません。

今年5月には、「自宅で長女(18歳)に暴力を振るった」として逮捕されたプロ野球・巨人の阿部慎之助前監督の長女が、「対話型AI(ChatGPT)に相談した結果、児童相談所(児相)に匿名で通報することを助言された」という報道が話題になり、「AIとの付き合い方」をめぐって様々な声が上がりました。

まるでカウンセリングのよう

クライエントさんの中には、ChatGPTが普及し始めた頃から「AIに話を聴いてもらっている」という方もいらっしゃいました。
その頃は、まだAIを使うということ事態が珍しかったので、とても驚きました。

「だれにも秘密を漏らさないから安心して何でも話せる。いつも共感して前向きな助言をくれる」(クライエントさん)と聞き、「まるでカウンセリングみたいだなぁ」と思ったのを覚えています。

AIが出すのは「一般的な解」

しかし、AIに相談したというクライエントさんたちの話を聴いているうちに、「やはりAIへの相談はカウンセリングと違うのだ」と、考えるようになりました。

AIは、大量なデータから自分で規則性やパターンを見つけて知識を増やし、それらを集約して回答を出します。当然ながらそれは広く世の中に流布された「一般的な解」です。

でも人間はひとり一人違います。だからカウンセリングでは、クライエントさんが「自分だけの解」にたどり着けるよう、お手伝いします。

「自分だけの解」に行き着くためには

そんな「自分だけの解」に行き着くためには、クライエントさん自身が気付いていなかったり、気付くことをためらっていたりする考えや思い、価値観、どこかに置き忘れてきてしまった感情などにアクセスすることがとても重要です。

それらを見つけるためには、記憶の底に沈んでいる記憶や、すっかり過去のものになったはずの生い立ち、知らずに親から受け継いだ対人パターンなどを掘り下げていく必要も生じます。

そうしたものたちは、無意識の中に閉じ込められ、心の深い部分に沈んでいることが大半ですから、クライエントさん自らが拾い出し、AIに伝えることは困難です。

もちろん賢明なAIですから、クライエントさんが見逃している背景や、語られない思い、個別の体験などは、ある程度は推測するでしょう。しかし、残念ながら、それらもやはり一般的な読み取りの域を出ることはないでしょう。

AIには人格や感情が無いわけですから、カウンセリングを左右する人間観や世界観も持ち得ません。

AIの言うことを鵜呑みにしない

私もAI相談のすべてを否定はしません。行き詰まったときにAIに聴いてもらうことは有効ですし、心を軽くしたり、状況や思考の整理には、うんと役立つはずです。

とはいえ、AIの回答(解答)やAIが指摘する無意識の中身は、「あくまでも一般的なものである」という前提を忘れないことが大事ではないでしょうか。

少なくとも「AIがこう言ってたから」と、それを鵜呑みにして、自らの人生の選択や決定をすることは危険だと、知っておくべきでしょう。

CLUBみなしごブログ,生きている間

フジテレビがあるお台場に「ダイバーシティ」というショッピングモールがあります。これを街の1つと認識している人も多いはずです。お台場とダイバー、確かに音が似ていますし、私もまたダイバーシティという何かがお台場にあるのだと思っていました。

最近、みうらじゅん「老いるショック大賞」(筑摩書房)を読んでいると、全く同じ話がでてきて、80歳代の夫はダイバーシティを街と、妻はダイバーが集う「海底都市」と認識していたと書かれていました。

みうらじゅんは、このような場合、田宮二郎が司会をしていた「クイズタイムショック!」さながら「老いるショック!」と叫ばなければならないと述べています。

知らない言葉?

調べるとダイバーシティ(Diversity)とは、人や組織の多様性を示す言葉とあります。夏になると都内の各テレビ局は夏休みにさまざまなイベントを催しており、ダイバーシティのお台場はお祭り騒ぎなのかと勝手に思いこんでいました。そもそも多様性を謳うのならば、最初から日本語を使ってくれるとありがたいのですが、これも時代の流れなのでしょうか。
こんな話もあります。職場で「中学時代から東ヨコに通っている学生で、今でも行っているようで心配です」という30代に、60代中盤が、
「東横線のあたりってこと?(いやいや新宿に東横線ないからと心の中でつっこむ30代と私)」。還暦の私は、
「歌舞伎町にいつ東横インができたのかと思っていたけど、東映のゴジラビルの横をいうそうですよ」まさに言葉が通じない・・・世代間ギャップとも言えそうです。

オイルショック

73年の「第1次オイルショック」では、トイレットペーパーは1人1パックしか購入できませんでした。当時は土曜日も学校も仕事もありの高度成長期。小学生の私も家族総出でトイレットペーパーを手にすべく大切な日曜日を使ったものです。
この話を60代半ばの友人にすると、彼の家は当時「ちり紙」を使っていて関係なかったといいます。

「並んだことないし、都心だけの話じゃないの?」

いやいや、オイルショックもボットン便所にちり紙も平成生まれは知らないんじゃ?
「平成生まれに話しても全く通じない話だよね」

まさに「老いるショック!」。

(文責:R)

CLUBみなしごブログ,生きている間

この高齢者向けレジデンスは、CMで有名女優が宣伝している大手不動産会社が運営しています。 そのため、彼女の前の住まいの売却も含めすべてこの会社が対応してくれたそうで、最小限の労力で引っ越しができたそうです。
早くにご主人を亡くし、長年ひとりで暮らしてきた友人には子どもがおらず、これからの生活をどう整えるかは大きな課題でした。このレジデンスの特徴のひとつに、要介護2以上になると同じ建物内の介護棟に移り、看取りまで対応してもらえるという仕組みがあります。住み慣れた環境のまま必要なケアを受け続けられるのは大きな安心です。

たとえば夫婦で入居していた場合、夫が介護棟に移っても、妻はこれまで通り居室で暮らしながら、介護棟にいる夫と一緒に食事をすることもできるそうです。住む家が変わっても生活が完全に分断されない仕組みは、ご夫婦やきょうだいで入居される方にとって不安を和らげてくれるように思いました。

最後の贅沢

最後の時をどこで迎えたいか?それは人によって選択が異なるはずです。ある人にとっては、住み慣れた自分の家に居続けることが幸せでしょうし、どこであっても家族と共にいることを望む人もいるでしょう。いずれにせよ、友人のように「終わりまでが見通せる場」をあらかじめ選んでおくことも可能です。
仮に住み慣れた家で老後を過ごすと考えても、実際には病院、施設への移住を自分の意思や自覚がないまま強いられるかもしれません。身体や頭が動かなくなったら、自分自身での判断は難しくなるはずです。

判断できる時期に決断するという彼女の潔さは、私も真似てみたいと思わせるものでした。できる限りは自分で料理をし、レストランで食べたいものを選択する。図書館でいままで触れたことのないジャンルの書籍に挑戦してみる。ジムで筋力の維持を願い、大浴場やサウナを楽しむ。陽の降り注ぐカフェ、まるでホテルのような環境で自分の好きなものに囲まれて過ごすのは、私が憧れる老後の姿の1つでもあります。

判断力が残るうちに

Youtubeを見ていると、高齢の方が自分好みにカスタマイズされた団地暮らしをしていたり、老後を見据えた家づくりを披露されていたり、子どもと2世帯住宅に建て替えるなど、さまざまな暮らしの工夫を知ることができます。

彼女の住むレジデンスであれば、施設までは路線バスで直接行けるため、免許を手放したあとでも、安心して暮らせそうです。もちろん駐車場も完備しているため、ここから通勤している入居者の方も多くいるそうです。

居室には専用のタブレットが備え付けられており、安否確認の通知、駅までのシャトルバスの時刻表、食堂のメニュー、館内のイベント情報まで手元で確認できます。紙の掲示板を探し回る必要がなく、年齢を重ねた生活にとっては大きな安心材料だと感じました。

どこに住み、どのように生活しながら終末を迎えるのか。判断力が残るうちに考える必要があることを改めて感じる1日でした。

(文責:R)

相談室ブログ,心理療法カウンセリング

カウンセリングを受けて気持ちがラクになる・心身の不調が回復する――「でも、それってどうやって?どんなふうに?」という疑問は多くの方にあるのではないでしょうか。今回はカウンセリングを受けた相談者側の方の実体験を、繊細な感性と描写力でまとめられた貴重な一冊をご紹介したいと思います。

希死念慮はどこから?

「死ぬまで生きる日記」土門蘭さん著(生きのびるブックス)。
著者の方は、日常生活は送れているものの、子どもの頃から「死にたい」気持ちが消えず、不眠や涙が止まらなくなる等、いわゆる鬱っぽい症状が継続していたことから、カウンセリングを受けることに。

2年間、カウンセラーとの対話を通して「死にたい」気持ちの背景を丁寧に掘り下げていきます。
生まれ育った家庭での満たされなかった思いや考え方のクセなど、どのようにカウンセリングの中で取り扱い、また、相談以外の時間を通してどのような気持ちや行動の変化が生まれていくのか、どのように‘回復’していくのか、実体験ならではの臨場感あふれる記録となっています。

カウンセリングの実際

専門職の立場からすると、この作品に出てくるカウンセラーの方(仮名で「本田さん」)の進め方についてもとても興味深いものがあります。文章中に認知行動療法のテクニックがいくつか出てきますが、心理相談全体としては複数の心理療法を適宜ミックスして使っておられ、その中の一つが認知行動療法、という折衷派の方であるようにお見受けします。それに加え、本田さんという方個人のオリジナリティも加わり、相談者の方に寄り添うスタイルがとてもステキだなぁと感じ入りました。

カウンセラーがどのような手法やスタイルで進めて行くかは一人一人で異なりますし、何が正解というのがはっきりあるわけではないので、「こちらの相談室で本田さんと同じようなカウンセリングを受けられますか?」と聞かれると困ってしまうのですが、心理相談に興味がある方、そしてネガティブな感情の渦から一歩踏み出したい方にも、ぜひお勧めしたい一冊です。

Posted by 梶原真弓

CLUBみなしごブログ,生きている間

高齢者レジデンス

先日、82歳の年上の友人が新しく高齢者向けレジデンスに入居したと聞き、引っ越し祝いに出向きました。

これまで住んでいたマンションを売却し、その資金を新しい住まいに充てたそうで、私自身も「将来の暮らし」を思い浮かべながらの訪問でした。

エントランスで待ち合わせし、クロークで入室記録を残すのと引き換えに、入館カードを首からぶら下げます。一流ホテル以上の落ち着いたたたずまいです。

食べること

和食膳

まずは、レストランで食事をと誘われました。常に3つのメニューから選択できるそうで、友人は和食膳を私はカレーそばを頂くことにしました。
以前見学した別の施設とは異なり、調理されたものでなく冷凍食品のように感じます。

毎食がレストランの食事だと飽きてしまいそうですが、レジデンスなので居室にはキッチンもあり、自炊も可能です。自炊は生活リズムや手先の運動、脳活につながりそうですし、なにより自分好みのメニューを楽しむことができます。
面倒な時は、いつでもカフェやレストランを利用できるのも安心です。友人は来客時と好みのメニューの時に限ってレストランを利用するという使い分けをしているようでした。

食後は、緑に恵まれ、たっぷりと陽の降り注ぐカフェに案内してくれました。お茶とケーキを頂きながら、カフェでは軽食を楽しめること、週末は近隣住民にも開放していることなどを聴きました。閉じた世界にならず、外とのつながりを保てる点も魅力的です。カフェのスタッフとも顔なじみらしく、和やかに雑談しているのも印象に残りました。

住まい訪問

広々とした共用部分は驚くほど広く開放的です。 廊下のあちこちに給水機や椅子が配置され、移動の途中で無理なく休めるよう工夫されています。図書スペースには近くの書店から選書された新刊書が並び、読書スペースや作業机などもあります。彼女のお気に入りの1つの空間となっているそうです。

スタジオスペースやジムの様子なども見せてもらいました、楽器の演奏も運動も24時間可能だそうです。共同風呂は大浴場でゆっくり温まることができ、居室の浴室掃除の手間から解放される暮らしは、想像以上に快適だろうと思います。
住まいのある階に移動すると、各居室のドアには素敵なリースや名札が飾られていますが、それ以外はホテル以外の何物でもありません。すっきりとした清潔さや、静かで重厚な空気を感じます。

居室は、クローゼットや棚が多く、収納家具は必要なさそうなのが目を引きます。友人もお気に入りの本棚だけを持ち込み、部屋をすっきり整えていました。居室入口の隣にはトランクルームもあり、断捨離を兼ねて整理した最低限のものを置いてあるそうです。唯一気になったのは、居室の天井がやや低いことです。圧迫感を覚えたのは、彼女のこれまでの住まいと比較してしまうからなのかもしれません。

この日最も印象的だったのは、
「結局は高齢になると、自立した生活は難しいのかしらね」と語っていたことです。

(文責:R)

相談室ブログ,その他

CAFICから徒歩1分にあるシェア型書店、HIRAKUに「精神科医・斎藤学氏の著書を読む会」(以下、読書会)の本棚ができました。

斎藤先生が理事長を務めるNPO法人・日本トラウマ・サバイバーズ・ユニオン(JUST)出版に参加するかたちで、読書会に使っている2冊(『すべての罪悪感は無用です』『「愛」という名の優しい暴力』を置かせてもらいました。

HIRAKUとは

HIRAKUのコンセプトは、SOCIAL DESIGN LIBRARY。図書館とは違い、美術館のようなライブラリーであり、雑誌のようなコンテンツを持つライブラリーでもあるそう。

1Fの多目的スペースでは、セミナーやアートの展示、上映会等々も行い、ミーティングも開催されます。2Fにはシェアオフィス、共用のワークスペースなども用意されています。

・・・と説明している私自身まだよく理解できていないので、ご興味のある方はHIRAKUのホームーページをのぞいていただけたらと思います。

広がる可能性とつながり

今後は、たとえばHIRAKUの多目的スペースで読書会を開く、CULUBみなしごに集う人々が顔を合わせる場を提供する、私が原案を書いた『先生と迷い猫』の上映会を開く、などもできるかもしれません。

実は、今回、読書会で使用していない拙著もいくつか棚に置かせてもらいました。

いったいどんな場所なのか、どんなふうに使えるのかはまだまだ未知ですが、いろいろなことができそうな、可能性とつながりが広がりそうな予感を感じています。

カフェでのんびり

本棚とHIRAKUの活動にご興味を持ってくださった方は、ぜひ一度、足を運んでみてください。
カフェも併設していますので、お気に入りの一冊を手に取りながら、のんびりコーヒータイムを過ごすこともできます。

相談室ブログ,不登校

先日、不登校について取り上げたNHKの番組を見ていたところ、かつて不登校だったけれど今は社会人になっている体験者として、私がだいぶ前にフリースクールのスタッフとして出会ったお子さん(今は立派な大人になっていました)が出演していて、大変驚きました。

当時、中学生だったその方にとってフリースクールという学校とは別の居場所があったことで、次のステップに踏み出せた、という旨を話されており、教員兼カウンセラーとして奮闘していた当時の自分、そしてそのとき出会った子どもたちを思い出し、胸が熱くなりました。

不登校生の居場所

フリースクールといっても多くの方があまりイメージできないかと思いますので少し説明しますと、かつて私が勤務していたのは民間の機関で、対象は小学校高学年から中学3年生、一つの教室に少ないときで5~6人、多いときで20人くらいが在籍していました。

学校に比べるとかなりゆったりとした時間割をスタッフが作り、子どもたちはそれに沿って勉強したり、かるく運動したり、集団での活動に参加したりします。

私は6年間、担任のようなかたちでクラスを担当させてもらったのですが、私の担当クラスはどういうわけか、毎年運動が大好きな子どもたちの集団になる、という不思議な現象が起きました。学校ではないので広い校庭はないのですが、1~2週に1回かそれ以上は近所の公園に行き、みんなで鬼ごっこやドロケイ・懐かしの缶けりなどをするのです。

子どもたちの力と‘回復’

ちなみに私自身はまったく体育会系ではなく、運動はからっきし苦手です。鬼ごっこでさわやかに汗をかく子どもたちを、公園の片隅でひたすら見守っていました。中にはもちろん運動が苦手な子もいますから、その子たちは無理に走る必要はありません。私とブランコでちょっとお話したり、一緒に植え込みの草花をながめたりしていました。

なぜか‘やたらと走りたがる’元気な不登校生たち。夏の日差しの下でも、凍えるような冬の日にも、びゅんびゅん風を切って走り、童心に返って「だるまさんが転んだ」や「花いちもんめ」をしたり。そんな日々を繰り返していると、以前は見学組だった子がいつの間にかドロケイに加わっていたり、「走らなくても大丈夫な新しい鬼ごっこを考えてやってみたら結構楽しかったよ」という、謎な遊び方の報告があったりして、気がついたら子どもたちは皆どんどん元気になっていくのです。

今、思うこと

その後、私は個別カウンセリングを主とする臨床現場に移ってしまったのですが、今、あの時期のことを思い出すと、一旦エネルギー切れ状態で学校に通えなくなった子たちが、どれだけ内面にエネルギーを秘めていることか、そして自分たちで元気になっていく力を持っているのか、ということを教えてもらった気がします。

令和の世になり、さらに年々増加する不登校の子どもたちも、一人一人が安全な居場所を見つけられるようにと願ってやみません。そして、私自身も、今は以前とは役割は異なりますが、思春期の揺れる子どもたちに寄り添い、次のステップに向かうお手伝いをしていきたいと改めて思っています。

Posted by 梶原真弓

相談室ブログ,その他

先月(2026年4月)より、共同親権制度がスタートしました。

今までは、離婚すると子どもの親権は父か母いずれかが単独で持つことになっていましたが、単独親権か共同親権かを選択できるようになったのです。もし、父母の話し合いで決着がつかない場合は、裁判所がどちらにするか定めることができます 。

問題の多い選択的共同親権

とはいえ、今まで何度か書いてきたように、この選択的共同親権は問題の多い制度です。

「子の利益を害すると認められるとき」は、単独親権となりますから、離婚に際して「相手がいかに有害な親か」を証明しようと、やっきになる場合も増えるでしょう。隠し撮りや録音など証拠集めに奔走するケースも今まで以上に出てくるかもしれません。

子どもの成長発達のためには、離婚後も子の父母として信頼関係を持ちながらやっていくべきなのに、それがさらに難しくなったりはしないでしょうか。

また、暴力の恐れがあったり、対立が激しかったりして、「父母が共同して話合っていくことが非常に困難と認められる」場合も、単独親権です。つまり今までと変わらず、子どもはもう一方の親とは会えなくなってしまう可能性が高いのです。

どんな親でも子どもには唯一の親

もちろん世の中には、親失格としか言い様のない親もいます。しかしそれだからと言って、子どもからその親を奪って良いのでしょうか。どんな親であっても、子どもにとってはこの世にたった一人の父であり母なのです。

子どもに関わるすべてのおとなは、父母がきちんと親としての務めを果たせるよう支援し、子どもが安全に会えるよう、最大限に努力すべきです。

思想やスローガンでは先に進めない

ところが、今の日本には、そうしたサポートの仕組みがありません。よく言えば当事者の自由、悪く言えば当事者に丸投げになっています。

今までは「単独親権だから子どもには会わせない」と言っていたのが、「共同親権になったんだからとにかく子どもを会わる努力をせよ」と言うだけ。そんな思想やスローガンだけでは、一歩も先に進めません。

子どもには父も母も必要

これではいったい何のための法改正だったか。子どもを奪い合う父母間の争いは激しさを増し、どちらかの親との関係を失ってしまう子どもも減りそうもないのですから。

いっそのこと、共同親権よりも面会交流権の方が、すっと子どもには有益です。「とにかく会う」「関係性を維持する」ことができれば、親権など無くても、親子関係はいくらでも紡いでいけます。

「子どもには父も母も必要」という視点に立ち返り、単なる制度導入に終わらない改正を望みます。

Posted by 木附千晶

相談室ブログ,心理療法カウンセリング

心理相談の場で用いられる手法を心理療法と言い、数え切れないほどたくさんの種類があるのですが、今もっとも世の中で知られているのは認知行動療法かもしれません。
うつや不安を軽減させる効果や、パニック障害や強迫症状の治療など、幅広く活用されています。

認知行動療法は自分でできる?

品揃え豊富な書店の「心理」本棚には、‘自分でできる認知行動療法’というようなタイトルの書き込み式ワークブックがたくさん並んでいます。こちらの相談室にいらっしゃる方から「少しでもラクになれればと思ってやってみた」というお話を伺うことも珍しくありません。

ですが、「やってみて効果が感じられた」とおっしゃる方は、(あくまで私個人の感覚ですが)全体の数割程度でしょうか。半数以上の方が「途中でやめてしまった」「進め方が合っているのかわからず、意欲が続かなかった」という結果のような印象です。

もっとも、見方を変えれば、「ワークブックで効果があったから、カウンセリングを利用する必要がなかった」という方もいらっしゃるとは思いますが。

‘自分を客観視’は難しい

認知行動療法は、簡単に言いますと「自分の考え方のクセと行動をふりかえり、見直していく」という手法です。多くのワークブックがこのような構成になっています。

①思考を書き出す(認知の整理)
②考えのクセをチェック
③別の見方を探す(認知の再検討)
④小さな行動を変容させていく

この手続きを進めるときに、「自分のことを客観的に捉えられる」ということが前提になっています。これが簡単なようでなかなか難しいように思います。

うつ傾向にあったり、不安が強い状態にある方が「客観視すること」や「バランスの取れた考えを探す」ことを求められるのは、至難の業とも言えます。

第三者の視点を借りる

セルフ認知行動療法が行き詰まりそうなときには、カウンセラーという第三者に傍で伴走してもらうのをお勧めします。
一人で考えているとぐるぐるとマイナス思考にはまってしまいがちですが、それを少し引いた視点から見ている人がいることで、自己否定の沼にはまらずに済んだり、進むべき方向が見えてきたりするのです。

ご自身で本を使って試してみたが、うまくいかなかった、という方が「認知行動療法は自分には合わない」と決めつけてしまうのは、カウンセラー側からすると「もったいないなぁ」という感じがすることがあります。
もちろん、これだけがカウンセリングの進め方ではありませんし、実際に他の手法のほうがしっくりくる方もいらっしゃいます。

セルフの心理療法がうまくいかなかった場合も、是非がっかりなさらずに、どのような進め方があるのか、担当カウンセラーとお話し合いされてみてはいかがでしょうか。

相談室ブログ,子どもに関する相談(問題)

子どもの発達障害が増えています。

文部科学省の調査(令和4年)によると、小中学校の通常学級に在籍する児童生徒のうち、発達障害のような困難さを抱えているとされた子どもの割合は8.8%にのぼります。1クラス(35人の場合)3人程度、発達障害の子どもがいるという計算です。

発達障害増加の原因としては、食べ物や水、インターネットなどの環境要因とする意見から、「診断や社会的に認知が広まり、かつては見逃されていた子どもが発見されやすくなった」という説までさまざまです。

「子どもの発達が気になる」というご相談

実際、CAFICにも、「子どもの発達が気になる」という、保護者の方からのご相談や検査の依頼がたびたびあります。

たとえば落ち着きがない、空気が読めない、集団行動が難しい、ミスや忘れ物が多いなど、「学校生活で困っていることがある」、もしくは「このままだと困りそう」と心配されてのご相談です。

発達障害は、きちんと検査を受けなければ特定できません。しかし、検査を担う地域の療育センターは医師や自治体が「必要」と認めた場合でないと受けられなかったり、専門の医療機関は数か月待ちだったりします。そのため、私費で受けられるカウンセリングルームを探し、CAFICにたどり着いた方が多いようです。

カウンセリングルーム利用のメリット

医療機関ではないカウンセリングルームでは、診断は付けられません。でも、カウンセリングルームを利用するメリットもあります。たとえば下記のようなことです。

①病院に比べて、受ける際のハードルが低い
②アットホームな雰囲気のなかで行えるため子どもにも抵抗が少ない
③検査結果を共有しながら、「困りごとを軽減していくにはどうしたらいいか」など、ひとりひとりのニーズ合わせた対応ができる
④お子さんが持っている特性(個性)そのものだけでなく、その周辺要因についても細かく見つつ、考えていける
⑤投薬治療に頼らない解決法を探しやすい

いずれも、診断を付けることがメインの医療機関ではなかなかできないことです。

発達障害の診断は慎重であるべき

ほんとうに生まれながらの発達障害であるのかどうかは、かなり慎重に判断する必要があります。

暴力のある家庭で育ったり、不適切な養育環境で生活してきた子どもの場合、振るまいが暴力的であったり、感情のコントロールが難しかったり、対人関係がうまくいかなくなりやすいことも指摘されているからです。

ときには診断を付けるよりも、その子どもの育ってきた環境がどのようなものか、周囲がどのように関わってきたかなどの方が、その子の将来にとって大切なこともあります。

実は、子どもの権利条約に基づいて批准国を審査する国連「子どもの権利委員会」も「日本ではADHDの診断が徹底的に吟味されず、薬物によって治療されるべき生理学的障害とみなされていて、社会的決定要因が考慮されていないこと」(第3回・4回/5回日本政府審査への『総括所見』)に懸念を示しています。

子どものSOSサインかもしれない

おとなから見ると、「手がかかる」「問題行動」と見えるものも、子どもにとっては今できる、せいいっぱいのSOSサインなのかもしれません。
そんな視点を持ちながら、CAFICでは子どもの発達に関する検査もお引き受けしています。

Posted by 木附千晶