「大きな心理的負荷がかかると認知症が進む」と聞いてはいました。母は愛猫が亡くなった頃から、失見当識が激しくなり、短期記憶がさらに怪しくなり、物事の全体を見る能力が低下しました。
そうした中、迎えたMCIの新薬投与ができるかどうかの検査の日。それは愛猫の死から2週間ほど経った3月12日でした。前回の検査日から3ヶ月以上が経っています。前回の検査でさえ、すでにMCIと認知症の境界線との結果でしたから、かなり厳しいとは予測していました。
しかしそれでも、一縷の望みにかけて臨んだ検査でしたが、病院に向かう途中、私は暗澹たる気持ちになっていました。
見当違いな日付を繰り返す

認知症検査で、必ず聞かれるのが「今日の日付」と「今どこにいるか」です。病院への道中、検査を待つ間、私は何度も何度も「今日は何日?」「ここはどこ?」と尋ねました。
前回の検査でボーダーラインにいましたから、一つだけでも正答率を上げてほしかったのです。が、母は一度も正しく答えられませんでした。
確かに病院名はややこしくて長ったらしい名前なので覚えにくいかったかもしれません。しかし日付は、明快なはずです。ところが「えーっと、5月?」とか「今は秋だよね」など、毎回見当違いの回答を繰り返しました。
テスターとの相性も影響しました。認知症検査に限らず、心理検査はテスターとの信頼関係や相性にも左右されます。
担当する心理師がやってきて、にこりともせずに堅苦しい挨拶をし、「仕事ですから」という雰囲気をプンプンさせながら母を検査室へと誘導する後ろ姿を私は絶望的な気持ちで見送りました。冗談も言わない、最も母が苦手とするタイプです。
新薬投与に該当せず

案の定、結果は「新薬投与に該当せず」でした。
私のがっかり感が伝わったのか、担当医は「新薬の成果はまだ未知数なところも多いし、成果が出ているのは(80代の母とは違って)70代が多い。それに副反応の心配もある治療ですから、投薬をして本当にいい結果が出たかどうかもわかりません」とすまなそうに言いました。
「MCIなら、新薬投与ができれば、回復の可能性もあるのでは」との私の淡い期待は水の泡のように消え、「これ以上、認知症を進行させないようにするにはどうするか」を考えなければならなくなりました。
それは、私が本格的に「みなしごへの道」を歩み始めたということでもありました。
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