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最近、
「介護している高齢の母から毎日のように怒りをぶつけられてつらい」
という相談を受けました。

娘さんは献身的に世話をしているのに、母親は些細なことで声を荒げたり、強い言葉を投げつけたりするそうです。

「どうしてこんなに怒るのか」
「私が何か悪いことをしているのか」

と、娘さんは深く傷ついていました。

怒りしか許されなかった母の歴史

しかし話を聞くと、その母親は幼いころに親を亡くし、弱さを見せたり、助けを求めたりする経験をほとんど持たずに育ってきたことがわかりました。
悲しみや不安を表現する方法を知らないままおとなになり、さらに高齢になって身体が思うように動かなくなると、

「困った」「怖い」「助けてほしい」という一次感情がうまく言葉にならず、代わりに怒りとして表に出てしまっていたのです。

母親の怒りは性格と考えることもできるでしょう。しかし、怒り以外の感情を使うことを許されなかった歴史、すなわち交流分析が示す 「人生脚本」とも理解できます。

シナリオの再演

人生脚本とは、幼いころに身につけた“生き方のシナリオ”のことです。
子どもは、親や周囲の大人の態度、言葉、期待を手がかりに、「自分はこう振る舞えば愛される」「こうしてはいけない」といった判断を無意識のうちに積み重ねていきます。その判断はやがて行動パターンや感情の使い方として定着し、おとなになっても、そして高齢になっても自動的に働き続けます。

怒りしか使えない人の場合、幼いころに「弱さを見せてはいけない」「助けを求めてはいけない」という禁止令を受け取っていることが少なくありません。その結果、悲しみや不安といった一次感情を表現する方法が育たず、人生の後半になって困難や喪失が増えると、怒りだけが“使える感情”として前面に出てしまうのです。

つまり、怒りは性格ではなく、幼少期に形成された脚本のもと、その人がそのシナリオの通りに生きているのだとする考え方が「人生脚本」です。怒りは、長い人生の中で身につけざるを得なかった 生き方のシナリオの再演 なのです。

心のメッセージ ― 禁止令とドライバー

人生脚本を理解するために役立つのが、幼いころに身につけた 心のメッセージ です。交流分析ではこれを「禁止令」や「ドライバー」と呼びます。

禁止令とは、子どもが家庭の雰囲気から受け取ってしまう「〜してはいけない」という無意識の制限です。たとえば「悲しいと感じてはいけない」「自分を出してはいけない」といったメッセージが、おとなになってもその人の行動を縛り続けます。ドライバーはその逆で、「〜しなければならない」という過剰な努力を生み出す心のクセです。「完全でなければならない」「人を優先すべき」「弱音を吐いてはいけない」など、“そうしないと愛されない” と子どもが感じた結果、身につくものです。

人生脚本は書き換えられる

こうした心のメッセージに気づくと、「もうこのシナリオを続けなくてもいい」と自分なりの脚本を書き換えることができます。

「完全でなくてもいい」
「弱さを見せてもいい」
「人に頼ってもいい」

そんな“許可のメッセージ”を自分に与えることで、これまでとは違う選択肢が見えてくるはずです。人生脚本は固定された台本ではなく、気づいた瞬間から少しずつ書き換えられる、自分の人生のシナリオなのです。

(文責R)

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CAFICから徒歩1分にあるシェア型書店、HIRAKUに「精神科医・斎藤学氏の著書を読む会」(以下、読書会)の本棚ができました。

斎藤先生が理事長を務めるNPO法人・日本トラウマ・サバイバーズ・ユニオン(JUST)出版に参加するかたちで、読書会に使っている2冊(『すべての罪悪感は無用です』『「愛」という名の優しい暴力』を置かせてもらいました。

HIRAKUとは

HIRAKUのコンセプトは、SOCIAL DESIGN LIBRARY。図書館とは違い、美術館のようなライブラリーであり、雑誌のようなコンテンツを持つライブラリーでもあるそう。

1Fの多目的スペースでは、セミナーやアートの展示、上映会等々も行い、ミーティングも開催されます。2Fにはシェアオフィス、共用のワークスペースなども用意されています。

・・・と説明している私自身まだよく理解できていないので、ご興味のある方はHIRAKUのホームーページをのぞいていただけたらと思います。

広がる可能性とつながり

今後は、たとえばHIRAKUの多目的スペースで読書会を開く、CULUBみなしごに集う人々が顔を合わせる場を提供する、私が原案を書いた『先生と迷い猫』の上映会を開く、などもできるかもしれません。

実は、今回、読書会で使用していない拙著もいくつか棚に置かせてもらいました。

いったいどんな場所なのか、どんなふうに使えるのかはまだまだ未知ですが、いろいろなことができそうな、可能性とつながりが広がりそうな予感を感じています。

カフェでのんびり

本棚とHIRAKUの活動にご興味を持ってくださった方は、ぜひ一度、足を運んでみてください。
カフェも併設していますので、お気に入りの一冊を手に取りながら、のんびりコーヒータイムを過ごすこともできます。

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先月(2026年4月)より、共同親権制度がスタートしました。

今までは、離婚すると子どもの親権は父か母いずれかが単独で持つことになっていましたが、単独親権か共同親権かを選択できるようになったのです。もし、父母の話し合いで決着がつかない場合は、裁判所がどちらにするか定めることができます 。

問題の多い選択的共同親権

とはいえ、今まで何度か書いてきたように、この選択的共同親権は問題の多い制度です。

「子の利益を害すると認められるとき」は、単独親権となりますから、離婚に際して「相手がいかに有害な親か」を証明しようと、やっきになる場合も増えるでしょう。隠し撮りや録音など証拠集めに奔走するケースも今まで以上に出てくるかもしれません。

子どもの成長発達のためには、離婚後も子の父母として信頼関係を持ちながらやっていくべきなのに、それがさらに難しくなったりはしないでしょうか。

また、暴力の恐れがあったり、対立が激しかったりして、「父母が共同して話合っていくことが非常に困難と認められる」場合も、単独親権です。つまり今までと変わらず、子どもはもう一方の親とは会えなくなってしまう可能性が高いのです。

どんな親でも子どもには唯一の親

もちろん世の中には、親失格としか言い様のない親もいます。しかしそれだからと言って、子どもからその親を奪って良いのでしょうか。どんな親であっても、子どもにとってはこの世にたった一人の父であり母なのです。

子どもに関わるすべてのおとなは、父母がきちんと親としての務めを果たせるよう支援し、子どもが安全に会えるよう、最大限に努力すべきです。

思想やスローガンでは先に進めない

ところが、今の日本には、そうしたサポートの仕組みがありません。よく言えば当事者の自由、悪く言えば当事者に丸投げになっています。

今までは「単独親権だから子どもには会わせない」と言っていたのが、「共同親権になったんだからとにかく子どもを会わる努力をせよ」と言うだけ。そんな思想やスローガンだけでは、一歩も先に進めません。

子どもには父も母も必要

これではいったい何のための法改正だったか。子どもを奪い合う父母間の争いは激しさを増し、どちらかの親との関係を失ってしまう子どもも減りそうもないのですから。

いっそのこと、共同親権よりも面会交流権の方が、すっと子どもには有益です。「とにかく会う」「関係性を維持する」ことができれば、親権など無くても、親子関係はいくらでも紡いでいけます。

「子どもには父も母も必要」という視点に立ち返り、単なる制度導入に終わらない改正を望みます。

Posted by 木附千晶

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受験シーズンもいよいよ佳境に入りました。

受験生の親からは、生活、時間、労力、お金を注げる限り注ぎ、鬼気迫る勢いで子どもの受験にかけている様子がうかがえます。
一方、当事者である受験生からは、「受験に失敗したら、人生が終わる」かのような悲愴感が漂っています。

競争格差社会がすっかり定着し、少子化にも関わらず相変わらずの学歴偏重主義が続いています。そうしたなかで「コスパ」や「タイパ」が重視され、「最小限の出費で多くの利を得たい」、「生産性の高い生き方こそ賢い」という社会の風潮も鮮明になってきました。

カウンセリングでも、受験をめぐる葛藤、悩み、親子関係の不調等々は避けて通れないテーマです。

息苦しい“今”を笑い飛ばす

そんな息苦しい“今”を生きている私たちを笑い飛ばすような本に出会いました。『間違う力』(高野秀行著・角川新書)です。

著者はノンフィクション作家。「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをし、誰も書かない本を書く」(高野氏X)がポリシーだそう。高野氏の素地をつくったのは、早稲田大学での探検部での経験でした。

高野氏は、大学時代、探検部の遠征隊を率いて中央アフリカに生息するとされる伝説の未確認生物「モケーレ・ムベンベ」を(真面目に)探しに行きます。

ゴールデン・トライアングルで行った「住み込み式ケシの実栽培取材」の過程では、ミャンマーの最大の少数民族シャン人の独立闘争運動に(うっかり)関わるという「寄り道」も経験しました。

そしてこうした(たくさんの)「だれもやらない、書かない」ことを本にし続けてきたのです。

行き詰まったときに読みたい本

彼の本からは、「コスパ」や「タイパ」に縛られ、「寄り道」や「回り道」「迷い道」を悪しきものと考えて、すぐに結果が出ないものを「無駄」と切り捨てることが、「いかにもったいない生き方が」が伝わってきます。

受験に限らず、うまくいかなかったこと、失敗したと思ったことも、ぜんぶ大いなる経験。「回り道」をしたからこそ、たどり着けた風景が広がっているのだと教えてくれる人生に行き詰まったときに手に取りたい一冊です。

Posted by 木附千晶

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恩師である斎藤先生のYotube「齊藤學チャンネル」に再びお邪魔する機会がありました。

前回は、「ペットロスからはじまって、子どもの権利条約で終わる」お話をさせていただきました。今回は、その続き。「子どもの権利条約について」のお話をさせていただきました。

子どもの権利条約は1989年11月20日に国連総会で採択されました(日本が批准したのは1994年)。その記念の月である11月に合わせて収録していただき、無料配信は11月半ばを予定しています。

「子どもには愛される権利がある!」

とはいえ、子どもの権利条約についてのボリュームが、かなり少なかったのではないかと気になっています。

何しろ、例に漏れず、斎藤節に乗せられて、話題はあっちへ行ったりこっちへ行ったり。道徳教育や校則問題、私のプライベートまで、語ってしまいました。

でも、子どもの権利条約を語るうえで、これだけは知っておいていただきたい大事なポイントだけはお話できたかと思います。

それはつまり、「子どもには愛される権利がある!」ということ。そして、子どもの権利条約は、「愛される権利を子どもに保障せよ!」と述べた、極めてレアな国際条約(法)であるということです。

予告動画をご覧あれ

通常、法とは決まり事を規定したもの。AIに尋ねたところ、「社会の秩序維持や個人の自由を確保するために、社会の中で守られるべき『規則』や『規範』の総称」との答えが返ってきました。

それなのに子どもの権利条約は、「愛する」するなどという抽象的かつ曖昧模糊としたものを前文で謳っているのです。いったいどういうことなのでしょう。

予告動画を貼り付けておきますので、ご興味のある方はのぞいてみてください。

Posted by 木附千晶 

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当面、裁判所に提出する意見書の作成を控えさせていただくことにしました。

最近、「離婚・面会交流調停(審判・裁判)をしているのだが、意見書を書いて欲しい」という主訴で来室される方が、非常に多くなっています。

いわゆる“子どもの連れ去り”に遭った方々からの依頼です。

“子どもの連れ去り”は青天の霹靂

“子どもの連れ去り”というと、ちょっときつく感じられるかもしれませんが、当事者からすれば、まさに青天の霹靂に遭遇したわけですから、強い言葉を使いたくなる気持ちもわかります。

「帰宅したら妻(夫)と子どもがいなくなっていて、二人の荷物も無くなっていた」
「子どもを連れて帰省したまま戻ってこない」
「突然、離婚調停の通知書が届いた」

どれもこれも、「まさか自分の身にそんなことが起こるとは!」というようなことばかりです。

親子関係は良好だったのに

そして、多くの場合「子どもとまったく会えなくなった」とおっしゃいます。

これは私のまったく個人的な感想ですが、「子どもを連れ去られ、子どもと会えなくなった」と来室する方の多くが、一緒に暮らしていたときには親子関係が良好だったように感じられます。

男性の場合、「いまだ男女の家事育児労働に負担に大きな開きがある日本で、こんな父親もいるのか」と思うほど、子どもの面倒をみてきた方も少なくありません。

しかしだからこそ、突然、子どもとの関係を断ち切られた悲しみは、深く、生きる望みも失ってしまうほどです。

子どもはどんな思いでいるのか

そうした方々のお話をうかがうたび、胸が痛みます。ご本人もさることながら、そんな父親・母親から引き離された子どもは、「いったいどんな思いでいるのか」と考えずにはいられません。

だからついつい「微力ながら、何かできれば」と思ってしまうのですが、このたび作成を控えることにいたしました。

何しろ、ことの経緯はかなり複雑です。もちろん、ケースによって事情はまったく違いますし、調停や裁判となると、その資料も膨大になります。

それらに目を通し、意見書を仕上げるにはかなりの時間を要します。数日で書きあげることはとうていできません。

ご希望される方にはまことに申し訳ございませんが、どうかご理解いただけたらと存じます。                           

Posted by 木附千晶 

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今年のはじめ、恩師である斎藤先生のYotube「齊藤學チャンネル」で対談をさせていただきました。

齊藤學チャンネルのそもそもの目的は「斎藤先生が臨床経験をもとに当事者と語る」こと。少しのぞいていただけばおわかりのように、公にはなかなか語れない、一般的にはタブー視されている動画ばかり。

登場する当事者の方々が赤裸々に語る自身の体験・経験、「常識」にとらわれない考えには感服するばかりです。

そうしたある意味、“突き抜けた”方々に交じって「私に語ることがあるのだろうか?」と、お引き受けするか迷ったというのが、お誘いを受けたときの率直な思いでした。

「準備は不要」の対談

運営者の方に「私が話せることがあるでしょうか? 当日はどんな準備をしていけばいいですか?」と尋ねると、次のような回答が・・・。

「斎藤先生がどんなことを話したいかで方向性はいくらでも変わってしまいますし、どう運ぶかわからないので、準備は不要です」

なるほど、斎藤先生ならそうに違いありません。斎藤先生の話しっぷりをご存じの方であれば、納得の回答でしょう。

ペットロスから子どもの権利条約

猛者ばかりが集まった対談に交じり、準備もせずにいったい私が何を話させていただいたのかと言うと・・・「ペットロスからはじまって、子どもの権利条約で終わる」お話です。

そう書いても「一体何の話をしたのか、わからない。ペットロスと子どもの権利条約がどうつながるの?」と首をかしげる人がほとんどでしょう。私自身も、この話の流れを短いブログのなかでご紹介することはちょっと難しい、というのが正直なところです。

知りたい方はぜひ配信を

はてさて「ペットロスから子どもの権利条約」にいったい、どうつながるのか。知りたい方はぜひ、配信をごらんください。

①『ペットロス問題』ーペットへの愛着のあり方について(3/27公開) 
②『薬物依存の元』前編ー虐待と男尊女卑と薬物依存と(4/3公開) 
③『薬物依存の元』後編ー虐待と男尊女卑と薬物依存と(4/10公開) 
④『「子どもの権利条約」とは』ーこどもも一人の人間であるという当たり前の認識をもつこと(4/17公開)

上記の日程で無料配信となりますので、乞うご期待!

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諸外国の人々に比べ、日本人の睡眠時間は短いと言われ、「睡眠負債」という言葉もあるくらいです。

そんな睡眠負債を抱えたおとなと暮らしている子どもも、その影響を受けずにはいられません。

たとえば、日本の乳幼児の就寝時刻の遅さを示す調査結果があります。なんと47%が、22時以降に眠るというのです(『東京新聞』24年8月6日)。

厚労省の「睡眠指針」

10年ぶりに厚生労働省が改定した「睡眠指針」は、小学生は9~12時間、中学生は8~10時間の睡眠が目安としています(『朝日新聞』24年4月22日)。

が、実際はどうでしょう。みなさんの周囲を見回してみても、こんなに眠れている子どもはあまり見かけないのではないでしょうか。

今、子どもたちは本当に忙しく暮らしています。1日の大半を学校で過ごし、帰宅後はたくさんの宿題をこなし、塾や習い事もかけもちしていたりします。

息抜きにちょっとゲームをやったり、Youtubeを見ようものなら、もう深夜です。

睡眠は脳の成長に不可欠

睡眠はおとなにも重要なものですが、子どもにはなおさらです。脳の成長に不可欠だからです。

睡眠中に分泌する成長ホルモンは、骨や筋肉の発達、免疫力の向上、傷ついた細胞の修復などを行います。

ところが、睡眠不足になると、成長ホルモンやメラトニンが分泌しにくくなります。
免疫力が低下するので、風邪をひきやすいなど、病気にかかりやすくなり、治癒も遅れます。

前頭葉の働きが低下するため、やる気や注意力が落ちたり、落ち着きが無くなったり、キレやすくなったりもします。記憶を司る「海馬」の大きさは、寝不足気味の子ほど小さくなるとも言われています

しっかり眠って成績アップ

生活の流れを変えるのはそう簡単にはいきまませんが、「睡眠は大事!」と肝に銘じるだけでも、違ってきます。

少なくとも「睡眠時間を削って勉強する」のはコスパの悪い選択です。まずはゆっくり眠ること。それが前頭葉の機能を活性化させ、成績を上げることにもつながります。

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CAFICのミーティングの中でも、いちばん最初に始まったのはスーパーバイザーである斎藤医師の著書を読む「精神科医・斎藤学氏の著書を読む会」です。

ほぼ毎回、参加の固定メンバーもいますし、「時間があったら顔を出す」というメンバーもいます。

読書会と言いながら、著書とはまったく違う方向に話が転がり、盛り上がる! ということもしばしばで、さがなら自助グループのようなときもあります。

独特の「斎藤節」に惹かれて

なぜそんなに盛り上がるのか? 簡単に言えば、みんな斎藤医師のファンだからです。

ある参加メンバーは、「多くの精神科医や心理の専門家らが多数の著書を執筆しているけれど、斎藤先生の文章はどこか違う。具体的には説明できないけれど、すごく(胸に)刺さる!」と言っていました。

私も同感です。言葉のチョイス、ちょっとした言い回しの仕方、使うフレーズなど、端々に、他のだれも書けない「斎藤節」を感じます。少し(うんと?)文学的で、哲学的。昨今の「読みやすさ」を重視した書籍とは一線を画す、斎藤医師ならではの、難解さというか、謎解きのような文章が魂をわしづかみにし、心が引かれます。

まるで催眠療法を受けているかのように、こちらの思考を混乱させ、読み手を未知の世界に誘うことも上手です。

「齊藤學チャンネル」

そんな斎藤医師がYotubeを始めました。
そこでもやはり「斎藤節」は健在で、「いったい何を言っているのだろう?」と思わせる謎を投げかけて、斎藤ワールドへと引き込みます。

ご興味のある方は、ぜひ「齊藤學チャンネル」を一度ご覧ください。

固まった思考が、一気に溶け出すかもしれません。

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「顔パンツ」という言葉を知ったとき、衝撃とともに妙な納得感に襲われました。

新型コロナウイルスの感染対策だったはずのマスクですが、常態化し、すでに「マスクを外したくない」、「マスクを外すのは、人前で下着を脱ぐのと同じ」と考える人が増えているというのです。

乳幼児の発達も機具される

オミクロン株が猛威を振るった22年夏。日本は4週連続で世界最多の新規感染者数を記録し、10代以下にも感染が拡大しました。

乳幼児でもマスク着用が当たり前になりました。感染を心配するのと同じくらい、マスクが子どもの発達に与える影響を危惧する声もあります。視覚野や聴覚野は就学前にかけて発達し、他者の表情や口元を見て真似ながら感情や共感能力、言葉などを修得します。濃密な身体接触も脳の発達には欠かせません。

マスクへの精神的な依存

そして心配されたのが、マスクへの精神的な依存です。冒頭でも書いたように、すでに「顔パンツ」とまで呼ばれるマスク。10代ではそのマスクを外すことへの抵抗が大きくなっています。

調査会社・日本インフォメーションによると、「コロナ収束後もマスクを使用するか」の質問に対し、10代は男女とも約5割が「いつも必ず使用」か「できるだけ使用」と回答(『東京新聞』22年5月10日)。その理由は「かわいい、きれい、かっこよく見える」が最多。これはもう。感染対策のためのアイテムではありません。

マスクは“諸刃の剣”

もともと日本人は他者の目を気にしやすく、社会不安障害になりやすいとも言われています。最も発症しやすいのは10代半ば。容貌や本心を隠せるマスクは、他者の目から自分を守ることができる一方、生き生きとした“本当の自分”を覆ってしまう諸刃の剣となりかねません。

“本当の自分”を隠したままでは、だれかときちんとつながることは難しくなります。

どうかコロナが収束しますように

それでなくとも、小中高生の自殺が増加し、小学5年〜中学3年の1〜2割にうつ症状が見られるのです(『日経新聞』22年5月6日)。
マスクによって、さらに人との関係性がつくりにくくなるのではないかと心配になります。

どうか来年はマスクを外し、触れ合いながら子どもたちが遊べる環境に戻りますように。コロナが収束しすることを心より願っております。