人生脚本・1

最近、
「介護している高齢の母から毎日のように怒りをぶつけられてつらい」
という相談を受けました。
娘さんは献身的に世話をしているのに、母親は些細なことで声を荒げたり、強い言葉を投げつけたりするそうです。
「どうしてこんなに怒るのか」
「私が何か悪いことをしているのか」
と、娘さんは深く傷ついていました。
怒りしか許されなかった母の歴史

しかし話を聞くと、その母親は幼いころに親を亡くし、弱さを見せたり、助けを求めたりする経験をほとんど持たずに育ってきたことがわかりました。
悲しみや不安を表現する方法を知らないままおとなになり、さらに高齢になって身体が思うように動かなくなると、
「困った」「怖い」「助けてほしい」という一次感情がうまく言葉にならず、代わりに怒りとして表に出てしまっていたのです。
母親の怒りは性格と考えることもできるでしょう。しかし、怒り以外の感情を使うことを許されなかった歴史、すなわち交流分析が示す 「人生脚本」とも理解できます。
シナリオの再演
人生脚本とは、幼いころに身につけた“生き方のシナリオ”のことです。
子どもは、親や周囲の大人の態度、言葉、期待を手がかりに、「自分はこう振る舞えば愛される」「こうしてはいけない」といった判断を無意識のうちに積み重ねていきます。その判断はやがて行動パターンや感情の使い方として定着し、おとなになっても、そして高齢になっても自動的に働き続けます。
怒りしか使えない人の場合、幼いころに「弱さを見せてはいけない」「助けを求めてはいけない」という禁止令を受け取っていることが少なくありません。その結果、悲しみや不安といった一次感情を表現する方法が育たず、人生の後半になって困難や喪失が増えると、怒りだけが“使える感情”として前面に出てしまうのです。
つまり、怒りは性格ではなく、幼少期に形成された脚本のもと、その人がそのシナリオの通りに生きているのだとする考え方が「人生脚本」です。怒りは、長い人生の中で身につけざるを得なかった 生き方のシナリオの再演 なのです。
心のメッセージ ― 禁止令とドライバー
人生脚本を理解するために役立つのが、幼いころに身につけた 心のメッセージ です。交流分析ではこれを「禁止令」や「ドライバー」と呼びます。
禁止令とは、子どもが家庭の雰囲気から受け取ってしまう「〜してはいけない」という無意識の制限です。たとえば「悲しいと感じてはいけない」「自分を出してはいけない」といったメッセージが、おとなになってもその人の行動を縛り続けます。ドライバーはその逆で、「〜しなければならない」という過剰な努力を生み出す心のクセです。「完全でなければならない」「人を優先すべき」「弱音を吐いてはいけない」など、“そうしないと愛されない” と子どもが感じた結果、身につくものです。
人生脚本は書き換えられる
こうした心のメッセージに気づくと、「もうこのシナリオを続けなくてもいい」と自分なりの脚本を書き換えることができます。
「完全でなくてもいい」
「弱さを見せてもいい」
「人に頼ってもいい」
そんな“許可のメッセージ”を自分に与えることで、これまでとは違う選択肢が見えてくるはずです。人生脚本は固定された台本ではなく、気づいた瞬間から少しずつ書き換えられる、自分の人生のシナリオなのです。
(文責R)













