「ペットロス・看取り」のミーティングを準備しています
『いぬのきもち』(2021年2月号)で、ペットロスについてのインタビューを受けました。これをきっかけに、「ペットロス・看取り」のオンラインミーティングを準備しています。
CAFIC開設当初より、「ペットロス・看取り」のグループを行いたいという思いがありました。
「同じ空気、同じ空間のなかで共感し合える仲間と思いを共有する」ことが、カタルシス効果や癒やしを生むからです。
しかし、新型コロナウィルスの感染拡大が収まらず、人が集まるミーティングの開催は厳しい状況が続いています。
だからといって、オンラインでは「同じ空気、空間の共有」がどの程度できるのかと、二の足を踏んでいました。
同じ空気、空間を共有する『場』の大切さ
しかし、取材を受けたことで、そうした『場』の大切について改めて考え直しました。
私自身が、ペットロスの渦中にいたときのことを思い出したのです。
あの、「だれも自分の気持ちなど分かってくれる人はいない」という孤独感、「愛する者がこの世を去ったのに、世の中はなにひとつ変わること無く動いている」という失望感、「こんなに愛しているのに、もう二度と会えないのだ」という絶望感。
それは生きることを困難にするほど、圧倒的なものでした。
空気や空間の共有が難しい今だからこそ
また、老いて病気になったペットと闘病生活をしていたときのことも思い出しました。愛する者の生命の火が少しずつ消えていく・・・それなのにもはや見ていることしかできない無力感や、「もうすぐ自分は確実に愛する者を失う」という恐怖感がよみがえってきました。
愛する者に日々できないことが増えて行き、死へと向かってくことを実感せざるを得ない「小さな喪失体験」の積み重ねの毎日。それはまるで自分の手足を次第にもがれていくようなつらさでした。
コロナの影響で、空気や空間を共有することが難しい今だからこそ、その痛みを分かち合う『場』が必要だと改めて感じました。
人が亡くなったときには
人が亡くなったときには、お通夜やお葬式、四十九日や一周忌というように、故人をしのび、思い出や感情を共有するセレモニーとしての『場』が用意されます。
こうした『場』は、「愛する者の死」という受け入れがたい現実を受け入れるために役立ちます。そこで、故人について語り、自分の思いを聴いてもらい、心も少しずつ整理されていきます。
「やり残したこと」「やってあげたかったこと」「やってあげられなかったこと」などを言葉にすることで、罪悪感は軽くなります。
日頃はこらえていた涙を流すことで後悔の念は薄まっていきます。感情に共感してもらうことで自分自身の気持ちを受け入れやすくなり、孤独感から解放されていきます。
コロナの渦中でも
ミーティングでは、一対一のカウンセリングとはまたちがう、グループ・ダイナミックスが働きます。人はグループから影響を受け、グルーにも影響を与えていきます。
今後、「ペットロス・看取り」以外にも、オンラインを使ったミーティングを順次、増やしていく予定です。
コロナの渦中にあっても、もできることを少しずつ探していきたいと思います。